東京高等裁判所 昭和24年(を)3067号 判決 1950年4月06日
控訴人 被告人 日生正一
弁護人 名尾良孝
検察官 渡辺要関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
当審に於ける未決勾留日数中百日を被告人が言渡された懲役刑に算入する。
理由
弁護人名尾良孝の論旨について。
第一点論旨は、要するに原審は昭和二十四年八月二十五日の第一回公判期日に検察官から申請した証人小鳥佐和子及び金井久治の取調を次回公判期日(同年九月十五日)に行う旨決定した。而して第二回公判期日には、被告人が病気により不出頭のため同公判期日を延期し、第三回公判期日を同年十月十一日と指定し、引続き準備期日として右十五日出頭した前記証人の尋問調書を作成したものであるが、右手続は刑事訴訟法第百五十八条、第二百八十一条並びに第百五十七条に違背したものであるから破棄を免がれないというにある。よつて記録を調査するに、被告人は昭和二十四年八月二十五日午前十時の第一回公判期日に出頭し、同日第二回公判期日は同年九月十五日午前十時なる旨並びに該期日に所論の証人の尋問をなすべき旨決定の言渡を受けたものである。然るに被告人は同年九月十三日医師佐藤徳人の診断書を添え右第二回公判期日変更の申請をしておるが、右公判期日には前記証人はいずれも出頭したから原審は所論のように右公判期日を変更し引続き出頭した右証人につき準備手続として検察官矢部昌彰並びに弁護人秋草愛一、同津川友人立合の上証人尋問をしておる。刑事訴訟法第百五十八条によれば、裁判所が裁判所外に於て証人の尋問をなすには検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き且つ予め検察官、被告人及び弁護人に尋問事項を知る機会を与えなければならぬ。今、この後者について被告人が同条所定のような機会を与えられたか否かを調査するに、被告人が提出した前掲医師の診断書は刑事訴訟規第百八十三条所定の合式のものではないから、被告人は畢竟正当の理由なく指定の公判期日に出頭しなかつたものである。従つてかかる場合には被告人は法律上の義務懈怠の効果として右公判期日になされた訴訟行為についてはこれを知る責務がある。しかし右準備手続は同公判期日においてなされた形跡がないから公判期日外に行われたものと認むべきである。しかるに原審は該証人尋問事項を被告人に知る機会を与えた形跡はない。従つて上述のような事情の下に行われた尋問は違法である。しかし第三回公判期日には被告人並びに弁護人は各出頭し、裁判官から右準備手続に於ける証人尋問調書を読聞けたところ被告人は事実は多少相違しておる旨の陳述しただけで何等右尋問手続には異議を述べなかつたのであるから前記の違法はいずれも責問権の抛棄によつて救済治癒されたものと解すべきである。従つて原判決が所論証人尋問調書を採用したのは正当であつて原判決には所論のような違法はない。論旨理由ないものである。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条刑法第二十一条に則り主文の通り判決する。
(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)
控訴趣意書
第一点原判決は証拠として一、証人金井久治、小鳥佐和子に対する各証人尋問調書に判示窃盗に照応する証言の記載、一、被告人の当公判廷における判示日時場所に於て金井巡査に逮捕された旨の供述と前示前科ある旨の供述、一、司法警察員作成小鳥佐和子の供述調書、一、国家地方警察本部鑑識課事務担当者作成の被告人に対する犯罪経歴書を採用している。
弁護人は右証拠の一に掲げられた証人金井久治同小鳥佐和子の証人としての証拠調は違法であると主張するものである。
公判調書に依ると被告事件の第二回の公判期日は昭和二十四年九月十五日と指定されたが、同月十三日附を以て弁護人津川友一より被告人の病気を理由として公判期日延期申請書が提出されて居り従つて第二回公判期日には被告人は出頭しなかつた、第二回公判調書に依ると「右者に対する窃盗未遂被告事件に付て昭和二十四年九月十五日東京地方裁判所刑事第二十部法廷に於て裁判官木田州又……中略……弁護人秋草愛一、津川友一出頭した、被告人不出頭、弁護人は被告人は被告人は病気の為本日の公判を延期され度き旨……申請した。
検察官は然るべく意見を述べた、裁判官は右申請を許し次回に喚問する旨を告げ次回公判期日を来る九月十八日午前十時と指定……略」となつている。即ち第一回公判期日には検事は証人として小鳥佐和子、金井久治を申請し第二回公判期日は証人訊問が為される筈であつたが被告人不出頭の為延期されたのである。然るに原審は同日右証人両名を尋問し尋問調書を作成している。即ち「尋問調書 証人小鳥佐和子 被告人星正一に対する窃盗未遂被告事件に付昭和二十四年九月十五日東京地方裁判所刑事第二十部裁判官……右証人に対し次の様に尋問した此の尋問には検察官矢部昌彰弁護人秋草愛一、津川友一が立会つた……略」とあり証人金井久治に対しても同様である。其処で右の様な証拠調が適法であるかどうかと云う点である。原審は第三回公判調書にある通り「裁判官は被告人に対して……前記被告人不出頭のさい準備手続としてなしたる……」とある点からすれば前述の証人調は準備手続として刑事訴訟法第二八一条に依る証人調をしたものである。
然し乍ら(1) 二八一条に基く公判期日外に証人調をするには同法第一五八条第二項によつて被告人及び弁護人に尋問事項を知る機会を与えねばならぬ。然るに原審に於ては此の機会を与えていない。第一五八条第二項に「被告人及び弁護人に……」と規定しているから被告人に必ずその機会を与えるべく弁護人にはそれに反してその機会を与えられなかつた事を認容する権限もない。又此の規定は新刑事訴訟法の原則たる法廷に於ける直接審理主義の例外規定であるから厳格に解すべく強行規定と解すべきである。故に此の点からするも違法である。(2) 第二八一条によると公判期日外に於て証人尋問をする場合は検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴くべきものとされているに不拘原審は何等意見を聴くことなく此を為した違法がある。(3) 原審は証人尋問の際の被告人の立会権、尋問権を不当に制限している違法がある。即ち昭和二十四年九月十五日の公判期日は被告人の不出頭に依つて延期されたが同日準備手続として証人尋問が為された刑事訴訟法第一五十条によると被告人は証人の尋問に立会うことが出来る。又証人尋問の日時、場所はあらかじめ前項の規定により立会うことが出来る者にこれを通知しなければならない旨規定されている。然るに右準備手続の証人尋問については何等被告人にその日時場所が通知されていない。之に対して第一回公判期日には被告人は出頭し第二回公判期日に証人尋問のある旨告知されたから右公判期日と同日の準備手続の証人尋問については通知は不要であると解するならば之は誤りである。即ち第三回公判期日と右準備手続とは全く独立せる手続であるから当然被告人に対しては右準備手続に於ける証人尋問の日時、場所を通知し立会う機会を与えるべきである。
右の点に於ても法令違反がある。
第二点原判決は刑の量定が不当である。即ち(1) 本件は被害が皆無なること。(2) 被告人本件に依り執行猶予が取消されて前の判決の一年の刑が加算されること。(3) 被告人は家族多く然も病身の父親を抱えて生計に苦しんでいること。